仕事では、不穏になる人と日常的に向き合っています。けれどそれが、距離の近い大切な存在から、自分に向けられた時。理解しているはずの心は、思った以上に揺れました。その場を離れたあとも、どう関わればいいのか考え続けている、静かな戸惑いの記録です。
距離の近さが、心の反応を変えてしまう
以前から、疲れが重なると気持ちが荒れやすくなる様子は感じていました。
それでも、その日は違いました。会った直後、強い口調で言葉を向けられました。
内容は、過去に何度も話し合い、互いに納得して決めたはずのこと。
まるで、そのやり取り自体が存在しなかったかのようでした。
頭では理解できます。
疲労、年齢による変化、記憶の揺らぎ。
それでも心は、すぐには追いつきませんでした。
その場を立ち去ったのは、耐えられなかったから
言い返すことはしませんでした。
けれど、その場に留まり続けることもできず、私は一度距離を取りました。
後から思えば、それは冷静な判断だったのかもしれません。
感情が高ぶったまま関わり続ければ、互いに傷つく可能性があったからです。
それでも、「離れた自分」に対して、どこか後ろめたさを感じていました。
専門職であっても、感情は揺れる
仕事では、不穏になる方に日々対応しています。
感情を巻き込みすぎず、一定の距離を保つことも身についています。
それなのに、相手が身近な存在になると、同じようにはいきませんでした。
知識があっても、経験があっても、
感情の距離が近いと、心は簡単に乱されてしまいます。
「対応できなかった自分が残念だ」
そんな思いが浮かんだこと自体、きっと私は自分に厳しすぎたのだと思います。
「わかっている」と「受け止め続けられる」は違う
理解していることと、耐え続けられることは別の話です。
近しい存在だからこそ、期待があり、信頼があり、その分だけ痛みも大きくなります。
揺れたことは、弱さではなく、
関係を大切にしてきた証なのかもしれません。
次にどう会うかは、今決めなくてもいい
一日たった今でも、次にどんな表情で、どんな言葉で会えばいいのか考えてしまいます。
けれど、その答えは、今すぐ出さなくてもいいのだと思います。
少し時間を置くこと。
心が落ち着くのを待つこと。
それも、関係を壊さないための選択です。
今日は距離を取った。
それは、関係を諦めたからではなく、大切にしたかったから。
また向き合えると思えた時に、静かに会えばいい。
そう思える自分になるまで、少し休んでもいいのだと思います。
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