実家での出来事に触れたあと、少し心の中に残るものがありました。
うまく言葉にできないけれど、大切な何かに気づいたような、そんな感覚です。
目の前にあった「大変さ」
夜になると鳴き出し、
歩きたくても立てずにもがくモコ。
眠れても数時間。
また起きて、また寄り添う。
80歳近い両親が交代で対応している姿を見て、
正直、「大変」という言葉だけでは足りないように感じました。
体力的にも、気持ちの面でも、
続けていくことの重さを想像すると、心配になるのも自然なことだと思います。
両親の関わり方に感じたこと
そんな中で、私の中に残ったのは、
「大変さ」だけではありませんでした。
両親は、モコの小さな動きや声に、
本当に丁寧に応えていました。
鳴けばそばに行き、
動こうとすれば支え、
落ち着くまで付き添う。
生活の中心にモコがいて、
その時間の流れに合わせているようにも見えました。
「時間があるから」と言っていましたが、
それだけでは説明できないような、静かな覚悟のようなものを感じました。
仕事としての介護をしてきた私が感じた違い
これまで介護の仕事をしてきた中で、
私はどこかで「効率」や「優先順位」を考えていたように思います。
もちろん、それは必要なことですし、
現場を守るために大切な視点でもあります。
けれど、今回の両親の姿を見て、
それとは少し違う時間の流れがあることに気づきました。
急がず、その都度応えていく関わり方。
決して特別なことをしているわけではないのに、
とても深い関わりのように感じられました。
「寄り添う」ということの実感
「寄り添う」という言葉を、これまで何度も使ってきた気がします。
でも、それはどこか抽象的なままで、
本当の意味では分かっていなかったのかもしれません。
今回、両親の姿を見て、
その言葉が少しだけ現実のものになった気がしました。
相手のリズムに合わせて、
その時その時を一緒に過ごす。
それは、簡単なようでいて、
とても根気のいることなのだと感じました。
少しだけ持ち帰ったもの
だからといって、
同じようにできるかというと、そうでもない自分もいます。
体力や生活の事情もあり、
すべてを同じようにすることは難しいかもしれません。
それでも、
「こういう関わり方もあるんだな」
そう思えたことは、
これからの自分にとって、小さな支えになるような気がしています。
何かを変えようとしなくても、
ただ知っているだけで、見え方が少し変わることもあるのかもしれません。
今日もそれぞれの形で、
大切な存在と向き合っている時間があると思います。
その時間が、無理のないかたちで続いていきますように。
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